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【校長ブログ】ウズベキスタン報告 その3

本日は、サマルカンドからタシケントまで約300kmをバスで移動しました。道中は約6時間の行程となりました。

タシケント到着後は、日本人墓地とナヴォイ劇場を見学しました。

ここタシケントは、第二次世界大戦後に旧ソ連へ連行・抑留された日本人が収容された都市の一つです。かつて満州にいた関東軍の捕虜や民間人など、2万人以上の日本人がこの地に送られ、都市建設などの労働に従事しました。

「ラーゲリ」と呼ばれた収容所での生活は過酷なものでしたが、日本人たちはタシケント市内の多くのレンガ造りの建物の建設に携わりました。この間に亡くなった79名の日本人は、郊外のヤッカサロイ墓地の近くに埋葬されており、現在は「日本人墓地」として大切に守られています。

この墓地は、近くに住む映画監督で篤志家のスルタノフ=ジャリルさん一家によって長年守られてきました。さらに、収容所時代の日本人の生活を伝える資料館も建てられています。イスラーム教では喜捨(ザカート)を行うことが美徳とされていますが、私財を投じてこの活動を続けてこられた功績により、日本政府から旭日章が授与されています。現在は娘さん一家が墓地と資料館を守っており、今回の訪問でも丁寧に説明をしてくださいました。

また、タシケントでは当時の日本人の勤勉で誠実な働きぶりが高く評価されています。特に1966年4月の大地震では、市街地の多くの建物が崩壊してしまいましたが、日本人が建設に携わった3階建てのナヴォイ・オペラ劇場は崩落を免れました。瓦礫の街に残ったこの建物は、約7万人の被災者の仮住まいとしても利用され、日本人の技術力が大いに称賛されたといわれています。

続いて、地下鉄の乗車体験を行いました。ナヴォイ劇場近くのコスモナウトラル駅から、2路線を乗り継いでティムール広場のあるアミール・ティムール・ヒヨボニ駅まで移動しました。
4月1日から地下鉄でもキャッシュレス決済が導入されたばかりで、ガイドの方のサポートを受けながら無事に乗車することができました。

タシケントの地下鉄は、冷戦時代に防空避難施設としても利用できるよう建設されたもので、各駅にはそれぞれ特色ある美しい装飾が施されています。乗車したコスモナウトラル駅には、ソ連時代に人類初の宇宙飛行士となったガガーリンや、女性初の宇宙飛行士テレシコワのレリーフが飾られていました。柱はコンクリート製ですが、表面は緑色のガラスで覆われ、光を受けて美しく輝いて見えます。

午後の時間帯でしたが、約5分間隔で運行される4両編成の地下鉄はどれも多くの乗客で賑わっていました。降車後は人の流れに惑わされないよう注意しながら移動しました。