東北スタディーツアー
私たちは1泊2日で東北スタディーツアーに行ってきました。
事前学習で得た知識より、実際に行って見たことの方が衝撃が強く、より震災の怖さを理解することができました。
その様子をご覧ください。
仙台駅に着き、バスで閖上に移動します。
閖上の記憶 被災された方に説明をしていただきました。
施設の入口に机があり、メッセージが書いてありました。
スライドで説明していただきました。
当時の写真を見ながら説明していただきました。
大阪万博で展示されていたものです。カナダから多くの支援をいただいたそうです。
名取震災メモリアル公園
芽生えの塔。津波の高さと同じ8.4メートル。
震嘯記念碑。昭和8年3月3日昭和三陸地震の時の津波の記録を残しています。語り部さんはどこにでもこのような石碑が残されているはず。知らないことは恐ろしいこと、とおっしゃっていました。
宮城県山元町震災遺構中浜小学校で、生徒会の募金をお渡ししました。
中浜小学校。もっと瓦礫が積み重なっていましたが、自衛隊の方が片付けてくださったそうです。
当時の中浜小学校の模型。回りのにある枠は津波の高さ。
当時の図書室の展示。青いプレートのところまで津波が来たそうです。
普段は使わない細い階段を子供たちは登って避難したそうです。
小学校の屋上。木や家が流されて海が間近に見えたそうです。
子供たちが避難した屋上から見える青いプレート。津波がここまで来たそうです。
南相馬市のホテルで出迎えてくれたぴこまる。癒されました➰
3月9日福島民報朝刊。震災についての記事は、東京とは桁違いに詳しいです。
福島県浪江町震災遺構請戸小学校。地震後すぐに生徒全員が避難して助かったそうです。
海に近い小学校は船のかたちを模していてきれいなブルーの校舎でした。
津波は全てを破壊しました。
請戸小学校の教室の黒板。被災者の方のメッセージもありました。
大平山霊園の慰霊碑。原発事故で突然避難することになった地区では多くの人が地震で壊れた家屋の下に置き去りになりました。
少しの高さの差が命を分けました。そのわけ目に今、立っています。
東日本大震災原子力伝承館 福島に原発が誘致されたことの意義を知りました。この電気は首都圏に送られるためのものでした。
中間貯蔵施設見学。帰宅困難地域にはいります。
放射線計測器
第一原発がすぐそこに見えます。
敷地内の高齢者介護施設。着の身着のまま避難した混乱は15年たった今もそのまま。
除染作業で出た放射性廃棄物を詰めた黒い袋、フレコンバッグ。14万個があちこちに並んでいました。
大熊町はスポーツが盛んでした。球場も体育館も帰宅困難地域のなかで荒れ果てています。
夜の勉強会のあと、閖上に送るはと風船のコメントを書きました。11日に空高く放たれます。
3.11キャンドルナイト。今年は聖蹟桜ヶ丘さくら広場にて。
スタディツアーのレポートも展示。
今年の言葉は「つなぐ」
募金にご協力ありがとうございます。
みなさん、ご協力ありがとうございました。


