小さな学校の大きな挑戦

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聖ヶ丘ニュース
校長

【校長ブログ】トカラ列島にて その2

 前回に続いてトカラ(吐喝喇)列島の話。トカラ列島の南端に、ロマンチックな名を持つ宝島というハート型をした島があります。隆起サンゴ礁からできた平坦なこの島に、現在70世帯130名の人々が生活しています(2019年統計)。鹿児島港からの南へ約370km、およそ20時間の船旅でたどり着くコンビニエンス ストアもないこの島に、いま全国から移住する人々が増えているそうです。ただ確かに温暖な気候でシュロやアダンという亜熱帯性樹木の生い茂る穏やかな島ですが、生物的にはトカラハブという毒蛇が生息しています。この宝島より一つ北には小宝島(こだからじま)という島があり、さらに北の悪石島(あくせきじま)との間が、生物境界線の一つである渡瀬線*となっており、南のハブ生息地域と北のマムシ生息地域との境界になっています。

 大学2年生の夏、法文学部の学生だった私は、教育学部の主催する宝島での現地調査にオブザーバー参加し、夏の集中講義で大学に来ていた岡山大学のT先生たちに混じって、地元で「サバク」と呼ばれる有孔虫で形成された海岸砂丘の調査を手伝ったりしました。その調査からの帰り、後に大学院で指導教官になるS先生に誘われ、さらに1週間(つまり次の定期船が来るまで)、続けて隣の小宝島の調査に同行しました。当時、小宝島の人口は22名、日本で一番小さな有人島でした。それでも小学校(分校)があって生徒は3名、それに2名の先生が勤務していました**

 小宝島に上陸するには、前号のブログに登場した500トンの定期船:十島丸から、5人乗れば満席という3メートル足らずの小さな艀(はしけ)に乗り換える必要があります。今でこそ定期船が接岸できる立派な岩壁がありますが、当時は島の沖合に船が見えると、島から船外機のエンジンをつけた小さな艀が繰り出します。艀が十島丸の横に並んで近づくと、船腹横の扉が開き、上陸する客はタイミングを見計らって艀に飛び移らなければなりません。運が悪いと海に転落してしまいますから、船の動きに身体を合わせて乗り移るのです。過去に1度だけ、誤って荷物と一緒に海に落ちた人を見たことがあります。

 島に上陸すると、私たちには空き家となった一軒家が用意されていました。食事と風呂は道路を挟んで20メートル離れた母屋まで行くことになっていました。小宝島も隆起サンゴ礁でできた島で、30分も歩けば1周できるほど小さな「何もない島でした」。S先生の専門は「水産地理学」で、伝統的な製塩、トビウオ漁の聞き取りが中心でした。しかし、調査以上にインパクトあった出来事は、もらい湯と夕食を終え、先生と二人で電気もつかない空き家に戻った後に起きました。タオルケットを敷いて雑魚寝し、旅の話や将来のことなど取り留めもない話をしつつ、「さあ、寝よう!」とした時でした。先生が蝋燭の灯りを消し、どこで手に入れたか、二人の間に1メートルもある棒を置きました。そして一言、「石飛君、夜中に天井から何か落ちてきたら、この棒で叩くように」と。何のことか分からず「ぼっー」としていると、「ハブが落ちてきたら、この棒で叩いて殺すんだよ」と。「本当にハブが落ちてくるんですか?」と私。「ハブにとって、こういう空き家が一番の住処なんだ。落ちてきたら、ヒ人の体温と動きを感じてハブが近づいて来るから」と、先生。来島する直前の文献調査で読んだ理学部実習に参加してトカラハブに咬まれた学生の治療レポート(観察記)を思い出しました。咬まれた部位は蛇毒で筋肉が壊疽し、奄美大島の病院で筋肉を摘出したと、報告されていました。ハブが顔の上に落ちてきたら…。悠然と熟睡する先生の横で、熟睡のできない夜が1週間も続きました。結果的には、空き家にはトカラハブは現れず、別の家の空井戸に落ちているハブを見かけたのが唯一の発見でした。いずれにせよS先生との二人旅で、地理学や民俗学などについて学ぶことができたのは、その後の研究に多いに役立ちました。ここでの聞き取り調査を元に、生涯で2番目となる研究レポートを書き上げ、学会発表も経験しました。

 いまでこそ、離島ブームと呼ばれ、宝島・小宝島をはじめとするトカラ列島を訪れる人や、都会を離れて新規に移住する人も増えているようですが、40年前は無人化する直前で、鹿児島県の人からも忘れ去られようとしていました。現在、島民も32世帯53名と倍増以上になっています。ただ、40年前のあの時、島で出会った小学2年生の男の子は、どうしているのでしょうか?

*50年前の高校時代の「生物」啓林館の教科書には載っていた。

**十島村立宝島小中学校の分校であった小宝島分校は、私が訪問した直後、生徒減少により1979年から88年まで一旦は廃校となり、2016年島外からの山村留学と移住で生徒数が増え、十島村立小宝島小中学校となっている。現在(2020年)の児童・生徒数は小学校10名、中学校3名で、10名の先生とALT1名が勤務している。