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校長

【校長ブログ】フォトボイスから考える広島

 フォトボイスという手法をご存知ですか?フォトボイスとは、参加したメンバーが撮影した写真を持ち寄ってグループで話し合い、それをもとに伝えたい心情や気持ちをメッセージ(声)とするものを言います。さらに、これをインターネットで発信したり、スライドショウやビデオを作ったり、さまざまな媒体を通じて参加メンバーの思いや考えを伝え、社会の課題を浮き彫りにし、考える手法です。ミシガン大学(当時)公衆衛生学のCaroline Wang先生は、このフォトボイスを使って中国雲南省山間部における女性の衛生状態に関する研究を行い、参加型アクション=リサーチの手法を確立させました。

 ところで、昨年の1学期終業式で、毎年夏休みには戦争に関する文献を1冊読むことを私自身の課題にしていると話しましたが、2年生以上の皆さんは覚えていますか?今年は、①庭田 杏珠さんと渡邉 英徳さんによる『AIとカラー化した写真でよみがえる戦前・戦争』光文社新書、②大木 毅さんの『独ソ戦争 -絶滅戦争の惨禍』岩波新書を読み終えたところです。今回は、庭田さんたちの作品について紹介しましょう。

 この本は、第二次世界大戦が始まる直前から戦後1946年までの白黒写真355枚を時代順に並べ、最新のAI(人工頭脳)技術と、当事者への取材や資料をもとに、新書としては異例の472ページにもなる大作です。 広島生まれの庭田さんが、小学校5年生の時に平和学習でたまたま手にした1枚のパンフレットが、この研究の原点となっています。パンフレットには、戦前の繁華街だった広島市内の中島地区と、破壊された広島の町が対比するように2枚の写真が並べてデザインされており、庭田さんはその写真に強く心を打たれたのです。そして、高校1年生の夏。2017年に訪れた広島平和公園で、テレビのドキュメンタリー作品で取り上げられた人物との偶然の出会いから、さらに話は深まって行きます。

 庭田さんは、進学先である大学の渡邉教授による『記憶の解凍』プロジェクトに参画してAI技術を学び、当時を知る人々との記憶を再現する作業を通じて、写真の背景にあることや人々の物語を描き出すことに取り組んできました。このプロジェクトでは、個人提供による写真のほか、朝日新聞社・共同通信社提供の写真、アメリカ軍が撮影した戦場記録写真などが用い、AI技術で自動カラー化したのち、戦争体験者との対話、SNSで寄せられたコメント、当時の資料などをもとに手作業で色彩を補正していくそうです。

 たとえば、194586日の広島原爆投下時に、呉市の海軍工廠補煩実験部から撮影した「きのこ雲」について、AIは「きのこ雲」を白く着色しましたが、ツイッターで紹介したところ「オレンジ色」との指摘があり、塗り替えたとしています。このように当時を知る人と対話することで作品は成立しており、過去の戦争が、写真にまつわる人々の記憶と思い出によって遠い昔が再現されているのです。

 作品の最後は、原爆投下から1年後、広島市内の福屋デパートの屋上からまだ瓦礫の残る焼け野原を眺める一組の新婚カップルの写真で締めくくられています。二人は街を眺めて、何を語り、何を思ったのでしょうか?ぜひ、一度、作品集を手に取り、皆さんも心のフォトボイスに参加してみてください。

明日は、『広島原爆忌』。

*庭田 杏珠・渡邉 英徳(2020)AIとカラー化した写真でよみがえる戦前・戦争』光文社新書、472ページ。

*大木 毅(2019)『独ソ戦争 -絶滅戦争の惨禍』岩波新書、248ページ。